紫式部と“観音さま”
紫式部(むらさきしきぶ)は『源氏物語』で有名な
平安時代中期の女性作家です。
父、越後守藤原為時と母、摂津守藤原為信女との間
に生まれたが幼少期に母を亡くしたとされています。
幼少の頃より漢文を読みこなすなど才女としての
逸話が多い女性だったようです。
紫式部は娘時代の約2年を父の任国で過ごし、
998年に親子ほど年の差がある山城守藤原宣孝と
結婚して翌年に一女・藤原賢子(かたいこ・けんし)
を儲けたがまもなく宣孝と死別しました。
1006年より一条天皇の中宮・彰子(藤原道長の長女)
に女房兼家庭教師役として仕え奉仕したようです。
観音信仰が盛んだった平安時代、京都の清水寺、奈良
の長谷寺とともに三観音の一つだった石山寺に紫式部
も参詣していました。
その頃、お仕えする中宮から新しい物語の執筆を求め
られ、石山寺に参籠(さんろう)して、琵琶湖に映える
八月十五夜の月を眺めているうちに一つの物語の構想
が浮かび、とっさに手許にあった大般若経の料紙の裏
に書き連ねていった。これが『源氏物語』といわれて
います。
